今年もまた 8月15日がやってきた
「戦争を知らない子供たち」という歌があったが
いまや戦争を知らない世代に孫が生まれ
「戦争を知らないおじいさん・おばあさん」になってきている
しかし、あの悲惨な記憶・記録は後世に伝えていかなければ
また同じ過ちを繰り返すような気がする。
あきら君の運動靴
まだ、日本が戦争をしていた頃、そう今から60年も前の話です。
あきら君は、4人兄弟の一番上のお兄さん。下には弟二人と妹一人。
あきら君のお父さんは、家を建てる大工さんですが、今はフィリピンという国に兵隊さんで行っています。
今日から、あきら君は小学生。でも、昔のことですから、新しいランドセル・服・靴などありません。
靴も今のような立派な靴ではありません。皆家で作ってくれた草鞋(わらじ)が運動靴代わりです。
「お前のわらじ変なのぉ。」友達が明君に向かって言いました。
確かに、左右大きさが不ぞろいです。右足側は少し曲がっていますし、左足側は形が変です。
友達の草鞋は、しっかりして、形も整ってなんかかっこいいです。
「おかあちゃんが作ってくれた草鞋だぞ!。」あきら君は不恰好でもお母ちゃんが作ってくれたわらじが大好きです。
小川に行ってめだかを捕まえたり、土筆(つくし)をつんだり、あきら君達はいつものように野山を駆け回って遊びました。
日が暮れて辺りはすっかり暗くなってしまいました。
その暗闇の中、砂利道をあきら君がとぼとぼと歩いてきます。裸足です。
手には切れてボロボロになって履けなくなってしまった草鞋がしっかりと握られています。
家に着くなりあきら君は泣いてしまいました。
「おかあちゃん、ごめんね。折角お母ちゃんが作ってくれたのに……。」
そんなあきら君を、とっても愛おしく思う、お母さんでした。
「いいんだよ、もっといっぱい遊んでくればいいから、心配しないでね。
翌朝、あきら君の枕元には不恰好だけど新しい草鞋が置かれていました。
お母さんが夜遅くまでかかって、ずっと寝ないで作ってくれた草鞋でした。
<再掲>
追伸、このお話をしていただいた清水なみさんは、今年5月に永眠されました。
また一人語りべがいなくなりました。